豪雨~猛暑を経て、新しい酒が生まれた。

 

わかむすめ秘色~ひそく~

これまで何度と酒を造って来たが、

これほど誕生までを長く感じたことはない。

 

新型コロナウィルスの影響により

仕込み蔵が在庫の山で埋もれ、

4月から製造休止を余儀なくされた。

 

このままいったい私たちはどこへ向かって行くのか、、

深い森にでも迷い込んだかのような、

混沌とした日々だった。

 

だけど思いもよらぬ、たくさんのご厚情を賜り、

良き出会いとご縁に恵まれ、7月から再開が叶った。

 

また酒造りができるという喜びに心が躍った。

同時に、絶対にこの御恩を返さなければいけないと、

身の引き締まる思いだった。

 

酒造りをはじめたのは豪雨が続く梅雨だった。

 

仕込みを予定していた数日前は、

蔵の裏を流れる川が氾濫危険水域に達し警報が出た。

幸い水が引いたものの、仕込みに使う地下水が混濁。

 

仕込みの予定をずらすわけにも行かず、

拝むような気持ちだったが、

仕込みの前日には水はきれいに元通りとなった。

 

しかし真夏の製麹は本当に悪戦苦闘。

湿度が思うように下がらない。

 

だけど冬だろうが、夏だろうが、最高の酒を造りたい。

いや、造らなければいけない。

 

渾身の思いを込めて造った麹は、

分析に回した結果、自分史上最高の出来だった。

 

豪雨の危機を逃れたかと思うと、信じられない猛暑がやって来た。

仕込み蔵は冷蔵室になっているが、

洗米など外で行う作業もある。

 

気温が非常に高いと浸漬用の水の温度もすぐに上昇するし、

米の吸水スピードも変化する。

 

原料処理は最も重要な工程のひとつ。

 

猛暑との闘いに、負けるわけにはいかない。

そんな中、洗米機の調子が悪くなり、途中手洗いを余儀なくされた。

米が260kgと一番多い日だった。

こんな時に限って。。

 

いや、先人たちは何もなかった時代に、

途方もない緻密で繊細な作業を魂込めてやっていたんだ。

これしきのことでブレてはいけない。

 

気持ちのこもった仕事は、良い仕事となった。

 

原料処理がうまくいくと、後の流れもスムーズに行く。

順調に醪は発酵を続け、

約1ヵ月間大切に育てた。

 

この間、2代目の祖父が亡くなった。

葬儀が終わった夜、私たちは夫婦で洗米をした。

 

酒は生き物が造る。

ちょっと待ってね、はできない。

 

祖父との思い出に浸る時間などなかった。

数日後、祖父の最期を一緒に看取ってくださった看護師さんより

メールをいただいた。

 

滝のような涙がとめどなく流れた。

 

人生には、必ず終わりがやって来る。

 

同じような繰り返しの毎日の中にいると、

時々惰性で生きているような気持ちにすらなることもあるが、

私たちは一時も同じ時間を生きてはいない。 

 

祖父が生きた証しは、私たちがしっかりと受け継いだ。

私たちは、未来を切り拓くために生かされている。

 

例えこの先が見えなくても、

道なき道であろうとも、歩みを止めず、

 

今日を、精一杯生きる。